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札幌高等裁判所 昭和39年(ネ)198号 判決 1966年11月28日

控訴人 西森活美

右訴訟代理人弁護士 岩沢誠

<他二名>

被控訴人 安達禎策

<他二名>

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和三八年六月二二日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の主張及び証拠の提出・援用・書証の認否は次に附加するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

附加する点は次の通りである。

(一)  控訴代理人の表見代理の主張

仮りに被控訴人が訴外久田マサ(以下訴外人という)に被控訴人の記名押印を代行して約束手形を振出す代理権限を与えていなかったとしても、被控訴人は本件約束手形振出日である昭和三七年一二月二一日訴外人に対し、被控訴人の網走専門店会のチケットを使用して物品を購入する代理権限を授与し自己の印鑑を交付したものであるところ、訴外人は右権限を越えて本件約束手形を振出したものである。

しかも、(イ)被控訴人は同人に自己の印鑑を貸与しており、(ロ)被控訴人の妻は生命保険の外交員であり、被控訴人はかねて訴外人に対し妻のために生命保険加入者の斡旋をしてくれるなら訴外人の要望に応ずる旨言明していたものであるが、訴外人の斡旋により生命保険契約の成立したもの六件に及び、訴外人自身も金一〇〇万円、二〇〇万円の生命保険に加入し右のうち金二〇〇万円の分の保険料は被控訴人が立替払している位で訴外人は被控訴人に対し相当無理を言える立場にあったうえに、(ハ)被控訴人は昭和三八年三月頃控訴人が訴外人方で本件手形の保証の意味で合同振出人になっている旨告ぎた際、保証くらい借りた者が払えばいいのだから何も心配していないと暗にこれを認めた趣旨の発言をなしているのであって、右各事実からみて訴外人に本件約束手形振出の代理権限があると信ずることは当然で、控訴人がかく信ずるにつき正当の理由があったというべく、被控訴人は表見代理の法理により本件手形の振出人としての責任を免かれない。

(二)  被控訴代理人の答弁及び反論

被控訴人が訴外人網走専門店会のチケットを利用して物品を購入することを許容したことはあるが、右が基本代理権になるとの主張は争う。またその余の事実は否認する。

本件は訴外人が何らの権限もないのに直接被控訴人の署名冒署して本件手形を作成したものであるから手形偽造であって無権代理ではなく、しかも被控訴人に無断で被控訴人に不利益となることを知りながら専ら自己の利益を計るためになしたものであるから、判例にいう「本人のためにする意図を以てなした」場合に該らないものとして表見代理の適用はなく、且つ被偽造者たる被控訴人には何らの帰責事由もないから、偽造であっても表見代理を推適用するとの立場に立っても表見代理を推適用すべき場合には該らない。

(三)  証拠<省略>

理由

本件約束手形(甲第一号証)には訴外人及び被控訴人両名が合同して控訴人に対し、昭和三七年一二月二一日、金額金一〇〇万円、支払期日昭和三八年六月二一日、支払地振出地共に網走市、支払場所網走信用金庫なる約束手形を振出した旨の記載があり、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、右約束手形中振出人としての被控訴人名下の印影は被控訴人の印鑑(角型のもの)により顕出されたものであることが認められる。

そして原審(第一回)及び当審証人久田マサの証言によれば、右被控訴人の署名押印は訴外人により作出されたものであることが認められるところ、控訴人は右は被控訴人の承諾のもとに訴外人がいわゆる署名の代行をしたものであると主張するが、以下認定の(イ)、(ロ)、(ハ)の各事実、すなわち原審および当審における被控訴人本人尋問の結果によって認められる(イ)、被控訴人は訴外人とは姻戚関係にあり、被控訴人の甥が訴外人方に世話になったことがあるうえに、被控訴人の妻が勤めている生命保険の外交勧誘につき訴外人が斡旋したことがあること等の関係から、訴外人に対し自己名義の物資購入チケットを使用させる程の特別の間柄であった事実、原審および当審(第一回)における控訴人本人尋問の結果によって認められる(ロ)、被控訴人は昭和三八年三月頃、控訴人から事のついでに訴外人の本件金一〇〇万円の約束手形金債務につき保証の意味で合同振出人になっている旨告げられた際、借りた者が払えばいいのだから保証くらい心配していないと曖昧ではあるがこれを肯定するかの如き趣旨の返事をした事実、原審(第一回)証人久田マサの証言により真正に成立したと認められる甲第二号証及び同証言によって認められる(ハ)、訴外人は本件手形不渡後の昭和三八年七月三一日控訴人から右手形の支払を求められた際、同年八月一〇日までにその支払をしないときは控訴人から被控訴人に請求しても已むを得ない旨申し述べその旨の念書(甲第二号証)を差し入れた事実から被控訴人が訴外人に対し本件手形に被控訴人の署名押印を代行する権限を授与したと推認するに足りず他に被控訴人が署名の代行することを承諾したと認めるに足る証拠はないのみならず、却って成立に争いのない乙第二、三号証、原審(第一、二回)及び当審証人久田マサの証言ならびに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すれば、訴外人は昭和三七年一二月二一日被控訴人から被控訴人名義の網走専門店会チケットを利用して物品を購入することを許され(右チケット使用許諾の点は当事者間に争いがない。)これに必要なチケット及び被控訴人の印鑑(角型のもの)を被控訴人から預り、これを使用して同日及び同月二二、二三日に亘り網走専門店会加盟の小野寺呉服店から代金二万七六六〇円相当の衣類を購入した。(原審(第二回)証人久田マサの証言中、同人は昭和三七年一二月二一日頃、右チケットを使用して訴外小野寺呉服店から代金四万円相当の衣類を買ったとの部分は前顕乙第二、三号証及び後出甲第五号証に照らし措信し難い。)ところがたまたま同月二一日控訴人から金一〇〇万円の借入金債務につき保証人を立てることを要求されたので約束手形を振出すこととし、同日訴外人方で約束手形用紙に自己の署名押印をするとともに、被控訴人の諒解をうることなく右チケット利用の権限の範囲を越えて被控訴人の氏名を代筆しその名下に前記のように預っていた被控訴人の角印を押捺して訴外人と被控訴人を共同振出人とする本件約束手形を作成し同日控訴人に交付したことが認められる。

甲第五号証(当審(第二回)における控訴人本人尋問の結果により真正に成立したと認められる)中、「小野寺呉服店が昭和三七年一二月二一日、二二日、二三日に専門店会のチケットで被控訴人に代金二万七六六〇円相当の商品を売った際被控訴人の使用印鑑は丸型のものであったと思う」旨の記載及び原審及び当審(第一、二回)における控訴人本人の供述のうち「訴外人は被控訴人のチケットを使用して小野寺呉服店から商品を購入した際使用された被控訴人の印鑑は丸型のものであったと聞いた」との部分は成立に争いのない乙第二、三号証及び原審(第一、二回)及び当審証人久田マサの証言ならびに原審及び当審における控訴人本人の供述に照らし措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、訴外人は被控訴人から前記網走専門店会のチケットを使用して被控訴人の名義で物品を購入する極めて限られた範囲内での代理権限を与えられたことはあるが、被控訴人の名義を使用して約束手形を振出す権限を与えられていなかったことは明らかであるから、訴外人が被控訴人名義でなした本件約束手形の振出行為は、被控訴人から与えられた前記権限を越えた無権代理行為であるというべきである。

よって進んで表見代理の主張につき考えるに、被控訴人が昭和三七年一二月二一日訴外人に自己のチケットを使用して網走専門店会加盟店から物品を購入することを許諾したことは当事者間に争いのないところであり、被控訴人の右チケット使用許諾は被控訴人が訴外人に対し被控訴人の名義で右チケットの通用する網走専門店会加盟店から物品を購入しうべき代理権限を与えたものと認むべく、表見代理にいう基本代理権は無権代理行為と同種のものであることを要しないと解すべきであるから、本件においても控訴人に訴外人が本件約束手形を振出すにつき、被控訴人を代理すべき権限ありと信ずべき正当の理由があれば被控訴人はその責に任ずべきことは当然であるといわねばならない。

そこで更に進んで右正当理由の存否につき判断するに、原審及び当審(第一回)における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は昭和三七年一二月二一日本件約束手形の交付をうける直前控訴人自宅において、訴外人に対し熟知の被控訴人が保証するのなら被控訴人の来宅を求めて保証の意思の有無を直接確かめる旨告げておいたところ、訴外人は間もなくして被控訴人は多忙で来れないが被控訴人との共同振出の額面金一〇〇万円の約束手形を二通預ってきたから貸付して貰いたい。違約したら倍戻しすると言って本件約束手形外一通を差し出したので、右二通の約束手形の交付をうけたというのである。然し乍ら、被控訴人の職業、地位等から判断して(控訴人の当審における供述によれば、控訴人と被控訴人とは熟知の間柄であることが認められるから、控訴人は被控訴人が一介の地方公務員であることを知っていたと認められる。)二〇〇万円もの多額の負債につき、これを保証し、しかも自ら進んで短期間の貸金につき違約倍戻しの約款を付する等のことは極めて不自然な事柄であるから、右訴外人がその間に真に被控訴人本人に諒解をとりつけて来ているかどうかにつき、不審を抱くのが当然であり、控訴人としては、右訴外人の言動のみを怪信することなく、その点の調査をし、然る後手形の交付を受くべきものであったのであり、しかも、当審(第二回)における控訴人本人尋問の結果によれば被控訴人方は控訴人方から約一粁位の近くであり、しかも控訴人と被控訴人は熟知の間柄であるというのであるから、右調査は極めて容易であったと認められるにも拘らず、控訴人において本件約束手形の交付をうける前右の調査を遂げたことを認めるに足る証拠はないから、前段認定の(イ)の事実(当審における控訴人本人の供述(第一、二回)によれば、控訴人は被控訴人と訴外人が懇意にしていることを知っていたと認められる。)及び(ロ)の事実を併せ考えても、控訴人が訴外人に前記行為をなす代理権限ありと信ずるにつき過失があるとみられ、かく信ずるにつき正当の理由があったとは認め難い。

そうだとすれば控訴人の表見代理の主張は正当理由を欠くものとして排斥を免れない。

以上の通りで控訴人の本訴請求は失当であるから棄却すべく、<以下省略>。

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